4/112011

今思う事

大震災から今日で一カ月。ブログも、どのようにしたら良いか言葉が出てこなく、更新できずにいました。あの時の地震の衝撃、テレビからの映像、井の頭通りを人が行列をなして進んでいく光景、全ての記憶が鮮明に蘇ります。忘れることは決してありません。
被災された方々、また、家族、親戚、友達などが被害にあわれた方。東京にいる僕も、同じようにとはいかないかもしれませんが心が痛い思いでなりません。

「何ができるか」「何をおもうか」。今の想いが大切だと思います。これからの自分たちには。

いつもの街にでてみると、いつもの街ではない。いつもあたりまえのように光っていたネオンの街並みや、いつもあたりまえのようだった便利な生活も。

3月11日。14時頃。ちょうどブログを書いていた。その文章がまだ途中のまま残っている。あの時書いていたこと。
題名「okuru言葉」
昨日、『卒業、旅立ち』の瞬間に立ち会うことができました。
彼女は約2年間表参道のカフェでキッチンとして働いていましたが、昨日で最後の日。いつも笑顔で元気いっぱい、みんなを明るくさせてくれる。そのことは共に働いた人なら誰もが実感できる。
そんな太陽のような存在だった彼女がいなくなることは、誰もがさびしいと思うことだろう。
だけど、それは彼女にとっての新しい旅立ち。そして、その場所に残る人達の旅立ちでもある。
彼女の役割を誰かがはたすことはすぐにはできない。彼女に励まされ、支えられ、元気、勇気をもらっていた人たち。あたりまえのようにできていたその場の空気感。すべてが、一つ欠けたことによって、知らず知らずに変化していく。だから、みんなにとっても旅立ちだと思う。

ここまでで途中でした。その時書いていたことも、今まであたりまえの何かが欠けたことについて。
知らない間に、すごく大切な何かがあたりまえのようになり、大切なことすら忘れていってしまってるのかもしれない。
そしてあたりまえを失った時に気がつく。大切なことが。
大切な、「人」、「もの」、「こと」、「何か」。
よく考えるようにしようと、今思う。

「大切な何か」、全てに命がある。限りある命、ならば尊いと考えたい。
エネルギー、物、花、目に見えるもの全てが限りある尊いものならば、大切にしなきゃと。